■きよしこ

4101349177きよしこ
重松 清
新潮社 2005-06

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少年は、ひとりぼっちだった。
名前はきよし。どこにでもいる少年。転校生。
言いたいことがいつも言えずに、悔しかった。思ったことを何でも話せる友だちが欲しかった。
そんな友だちは夢の中の世界にしかいないことを知っていたけど。
ある年の聖夜に出会ったふしぎな「きよしこ」は少年に言った。
「ほんとうに伝えたいことだったら・・・伝わるよ、きっと」
大切なことを言えなかったすべての人に捧げたい珠玉の少年小説。
(文庫裏表紙より)


最近、どんなことで涙しますか?
昔は、自分が可哀想で自分の為にたくさん泣いた気がする。
親に叱られて、きっと私はこの家の子じゃないんだとわんわん泣いた。
友人関係が上手くいかなくて泣いた。
大好きだった人に別れを告げられたときは、水分がなくなるくらいに泣いた。
「学生」じゃなくなってからは、悔しくて泣くことの方が多くなったかもしれない。人前で泣くことはめっきりなくなった。
最近は、映画やテレビを見たり本を読んだりして感動するとすぐにほろっときてしまう。
(・・・これについては、『三十路の近くなった独身女は涙もろくなるらしいよ』とこの間弟に言われたので殴っておきましたが)

しかし、この本を読んで涙がぼろぼろと零れたのはそのどれとも違った気がする。
この本は、作者から少年に宛てた前書きと後書き、そして7編のお話から成っているのですが・・・
実を言うと、その全てについて読んでいる途中から涙が止まらなくなった。えぐえぐと嗚咽を漏らすほど泣いて、次のお話が始まる頃に少し落ち着いて「はぁ」と息を吐いて、しかしその話が終わるところでまた涙・・・という具合。
そりゃもう、読み終わったときには泣きすぎて頭がちょっと痛いくらいでした。

ここまで泣くのはやりすぎ・・・というか、フィーリングが合いすぎたと思います。
でも、やはり多くの人が「このお話ではじわっと来た」と読んでいてどこかで思うのではないか。そう感じる一冊でした。

どうしてこんなに泣けたんだろう・・・?そう考えてみたとき、裏表紙のあらすじを読んでなんとなく得心がいきました。
それは、少年・きよしに同情したからでも、そこから思い出す少女だった自分が可哀想だったからでも、少年の姿に感銘を受けたからでもない。

言いたいことを上手く言えない、もどかしさ、悲しさ、悔しさ・・・
少年と私が言えなかった全ての言葉の為に。
言葉と一緒に飲み込んで、行き所がなく重苦しく渦巻く想いの為に。
そして、そんな言葉と想いが、文章でならこんなにも真っ直ぐに表されて伝わる嬉しさと爽快感の為に。
私は涙が止まらなかったのです。

『大切なことを言えなかったすべての人に捧げる』
「これが欲しい」「大嫌いだ」「ごめんね」「友達になりたい」「寂しい」「それは違う」「がんばるから」「好きだった」「東京に、行きたい」
自分の思ったことを、全て思ったように言ってきた人なんて果たしているでしょうか?
いたとしたら、その人は余程表現力に長け、自分が傷つくことを恐れない勇気に溢れ・・・・そして、人が傷つくことも厭わない人だと思います。
だからこの作品はきっと、たくさんの人の心を打つだろうと思う。

作者も今作の中で言っているように、私も昔よりうまく生きられるようになった。たぶん。
恥ずかしいことに『大人になったよ』と胸を張って言える程できた人間ではなくても、きっと子どもの頃より周囲と折り合いをつけて傷つかないで生きていけるようになった。
「言いたいことを言えるようにならなきゃ。変わらなきゃ」と思い続けて、たぶん昔よりはうまく喋れる。つっかえても笑ってごまかせるし、ごまかせるようなぽやーっとした喋り方に自然となっているし、オブラートに包んだり遠まわしな言い方で言いにくいことも言うようになった。
それでも、知らない人と会うのは苦手だし、人前でプレゼンなんてしたくないし、話すよりも文章で書く方が、話を聞くより文章を読むほうが好きだ。

この本は、そんな今の私を構成する全てのこと、そこから胸の奥にたまってしまうコンプレックスや鬱屈を洗い流して、元気をくれた気がします。

なんだか自分のことばかり言ってしまった気がするので、もう少し本編のことを。

あらすじを読むと少しファンタジックな印象を受けますが、そうでもありません。
『きよしこ』が現れるのは最初のお話のほんの少しだけ。
その後、少年は自分の現実と向き合い、言いたいことを言えたり言えなかったり、他の言葉で置き換えたり身振りで伝えたりしながら、ただ生きていく。
そこがとてもリアルで、感じる思いもまた生々しい。

『きよしこ』が言ったのはたったひとつのことだけ。
そこを抜き出してしまいたいと思うので、少しでもネタバレするのが嫌だなぁという人はここまでで読むのをやめてくださいね。







「誰かになにかを伝えたいときは、そのひとに抱きついてから話せばいいんだ。
それが、君のほんとうに伝えたいことだったら・・・伝わるよ、きっと。
君はだめになんかなっていない。
ひとりぼっちじゃない。ひとりぼっちのひとなんて、世の中には誰もいない。
抱きつきたい相手や手をつなぎた相手は必ずいるし、抱きしめてくれる人や手をつなぎ返してくれる人も、この世界のどこかに、必ずいるんだ」

この本の中で、唯一リアルさから浮いていて、けれど救いと希望になっている言葉だと思いました。
泣きたいくらいに静かで孤独な夜にも光る星のように。
この言葉のおかげで、清清しさや温かさが残る読後感だった。
読み終わった後、もう一度「きよしこの夜・・・」と歌ってみると不思議と安らいだ気持ちになった。

ぜひ読んでみてくださいと久々に言いたくなる、ずっと傍においておきたい一冊でした。


2006.02.26 記

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